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遺産分割が問題となる場面では、「特別受益」が問題になるケースが多くあります。
このページでは、そもそも特別受益とは何か?、どういうものが特別受益とされるのか?、特別受益が認められた場合の計算方法などを解説します。
民法は、被相続人から特定の相続人への贈与等があった場合に、その贈与等を相続分の前渡しとみて、計算上その贈与等を相続財産に持戻して(加算して)相続分を算定するとしており(民法903条)、ここでいう贈与等による特別の利益のことを特別受益といいます。
特別受益が認められると、その利益を受けた特定の相続人は遺産分割において、遺産取得分が減額されます。
民法903条1項は、特別受益の対象について「遺贈及び婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としてなされた贈与」と定めていますが、具体的にどのようなものが特別受益の対象となるのでしょうか。
特別受益は、前渡しされた遺産を持ち戻して計算する制度です。
そのため、特別受益に該当するかどうかは「遺産の前渡し」といえるかどうかという点から検討することがポイントになります。
ここでは特別受益にあたるかどうかを巡って争いになりやすいケースを紹介します。
両親が子のために負担した学費が、「生計の資本としての贈与」に当たるかどうかは、贈与した金額や趣旨だけでなく、被相続人の社会的地位や経済状況などを考慮した上で、親族間の扶養の範囲を超えた相続財産の前渡しと評価できるかがポイントになります。
学費について特別受益が争いになることが多いのは、大学の費用、私立大学の医学部の学費、留学費用です。
【大学の学費】
現在は、大学への進学は一般化していますので、原則として、大学の学費の支出が特別受益にあたることはありません。
また、相続人の中の一人だけで大学に進学している場合など、親の扶養義務の範囲で子らの間で学費に差があっても、遺産の前渡しとはいえず特別受益には当たらないことが多いでしょう。
なお、予備校や短大や専門学校の学費についても、扶養義務の範囲内として特別受益にあたらないことが多いと思われます。
【私立大学医学部の学費】
一方で、私立大学の医学部の学費は特別受益になることが多いといえます。
なぜなら、私立大学の医学部の学費は、他学部に比べて相当高額であるため、親族間の扶養の範囲を超えた相続財産の前渡しと評価できるからです。
ただし、被相続人が開業医であるなど、実家の家業を継ぐために私立の医学部に進学した場合、親の強い希望で進学した場合などには、特別受益にならない場合もあります。
【留学費用】
相続人の中の一人だけが海外に留学しており、その費用を被相続人が負担していた場合でも、それが親族間の扶養であって、遺産の前渡しがあったとはいえず特別受益にならないことが多いでしょう。
相続人が住むための建物又は土地の贈与、又はその不動産を購入するための資金の贈与も特別受益となります。
ただし、相続人の配偶者名義の住宅に対する資金の贈与は、相続人に対してなされたものではありませんので、原則として特別受益にあたりません。もっとも、相続人も一部持分を有しており、被相続人が提供した購入資金に対応したものであれば、その資金提供は特別受益にあたるといえるでしょう。
なお、親などから新築祝いとして、数万~100万程度が渡されることがありますが、通常の援助の範囲内といえれば、特別受益にあたりません。
被相続人が、相続人が営む事業の開業資金を贈与した場合は「生計の資本としての贈与」にあたり、特別受益になります。
結婚式の費用、結納費用、持参金、嫁入り道具などはいずれも特別受益となりません。
例えば、被相続人から盛大な挙式費用を支出してもらった場合でも、それは「遺産の前渡し」ではなく特別受益になりません。
扶養義務の範囲内の援助であれば特別受益にあたりませんが、その範囲を超えた多額の生活費を援助している場合には特別受益になります。
多額か少額かどうかは、1回当たりの援助額がおおむね10万円以上かどうかを基準になされることが多いようです。
5万円程度が定期的に仕送りされている場合、総額としては多額になったとしても、日常生活の小遣いであり、親族間の扶養の範囲といえることになります。
一方で、20万円の仕送りがなされていた場合、その一部の10万円以上の部分が特別受益になるのではなく、全体の20万円が特別受益になります。
被相続人が所有する土地上に相続人の一人が建物を建築して無償で居住していた場合、特別受益になり得ます。
この場合、被相続人から相続人の一人に対して、土地に使用貸借権が設定されたと考え、その使用借権相当額が特別受益であると評価される可能性があります。
使用貸借権は、借地権と異なり、借地借家法の適用がなく、第三者への対抗力や、解除の制限などがないものですが、使用貸借権により、他人所有の建物が建っていると土地の売却が困難になるため、土地の価格が一定程度(1から3割程度)減価して評価されます。一方、建物所有者である相続人は無償で土地を利用でき、その権利は相続人にも対抗できるという権利を得ています。
そのため、実務では、土地の価格の減価分を使用借権相当額と考え、使用借権の設定により、相続人の一人が使用借権相当額を特別受益として取得したと評価できると考えられています。
なお、使用借権相当額ではなく、地代相当額が特別受益に当たるかという問題もありますが、地代相当額を遺産の前渡しとして持ち戻したとは考えられないことから、一般的には、地代相当額が特別受益とは認められないでしょう。
被相続人所有の建物に無償で同居していた場合や無償で使用した場合などは、いずれも特別受益になりません。
被相続人と同居している場合には独立の占有がなく、使用貸借権そのものが認められませんので利益がないためです。
また、被相続人と同居していない場合に建物が無償で使用(使用貸借)されていても、遺産分割実務では、土地を使用貸借している場合とは異なり、建物の明渡しの執行が容易であることから建物の価値が減額されていないと考えるため、建物を使用している相続人が利益を得ていたとはいえません。
また、特別受益というのは、「遺産の前渡し」といえるような贈与などについて認められると考えられていますが、建物を無償で住まわせたというのは「遺産の前渡し」とはいえません。
なお、営業用の建物を無償で使用させた場合も特別受益にはあたらないでしょう。
相続人の一人が、被相続人が亡くなった際に発生する生命保険金を得ることは特別受益に当たるでしょうか。
生命保険金請求権は、被相続人の生命保険金で受取人が指定されている場合、受取人が保険契約に基づく固有の権利であると考えられます。そのため、受け取った生命保険金は受取人の固有の財産であると考えられ、原則として、特別受益にはあたりません。
しかし、最高裁平成16年10月29日判決は、共同相続人の一人だけが生命保険金を受け、しかも不公平いえるほどに高額な場合は、特別受益に準じて持ち戻しの対象になり得ることを認めています。
【平成16年10月29日判決】
被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の一人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、①保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、②保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、③各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となる。
判例によると、生命保険金が例外として特別受益にあたるかどうかは、
①保険金の遺産総額に対する比率
②保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係
③各相続人の生活実態
などの諸般の事情を総合的に検討することになります。
被相続人が相続人の配偶者や孫に対して贈与は、相続人の特別受益にあたるのでしょうか。
民法903条は、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」と定めています。
したがって、特別受益の対象者を「共同相続人」に限定していますので、原則として、相続人の配偶者や子等に対する贈与は、相続人と生計を同一にする親族であっても特別受益になりません。
例外的に、名義上は相続人に対する贈与でも、真実は相続人に対する贈与と評価できるような場合には、相続人に対する特別受益となる可能性があります。
相続分の計算方法において、遺言で特別受益を計算に考慮しないよう決めることもできます。これを「持戻しの免除」といいます。
被相続人による意思表示によって、相続人の受けた特別受益の分を遺産に戻すことを免除することができます。この意思表示を、「持戻免除の意思表示」といいます。
持戻免除の意思表示は、書面等で明示されているものでも、書面等で明確にされていない黙示のものでも構わないとされています。
黙示の持戻免除の例としては、家業承継のためや相続人全員に同額程度の贈与等をしている場合などがあります。
黙示の持ち戻し免除の意思表示が認められるかどうかは、①それを認めることが衡平といえること、②被相続人の合理的意思とも合致すること(黙示の意思表示を認めることに合理性があること)がポイントになります。
持戻免除の意思表示が認められれば、特別受益は相続分計算の基礎となる遺産の額には算入されません。通常の法定相続分で計算されます。
しかし、持戻しの免除も他の相続人の遺留分を侵害している場合は遺留分減殺請求の対象となる遺贈や贈与になる恐れがあることに注意が必要です。
民法改正で民法903条4項に次のような規定が加えられました。
「婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」
今回の法改正がされる前は、長年夫婦で居住していた自宅について、夫が妻に自宅を生前贈与した場合においても、遺言で特別受益の持戻しの免除の意思表示をしていない限りは、自宅の生前贈与が特別受益として取り扱われていました。
今回の法改正において、結婚20年以上の配偶者に対する自宅の生前贈与については、特別受益の持戻し免除が推定されるとして、特別受益の取扱いを受けなくなりました。そのため、妻は、夫から自宅の生前贈与を受けたとしても、特別受益として遺産分割のときに取得できる遺産がその分減ってしまうという不利益を受けなくなるという点で配偶者の保護の拡大が図られました。
ただし、受益者(配偶者)がいわゆる有責配偶者である場合や、夫婦仲が極めて険悪で状況からして持ち戻し免除があり得ない場合等には民法903条4項の推定規定は適用されないと考えられています。
この特別受益の持戻し免除の意思表示の推定規定は、令和元年7月1日より施行されています。
次に、特別受益が認められる場合の相続分の計算方法を説明します。
このようにして、遺産にいったん特別受益の評価分を足して、そこからあらためて法定相続分に従って遺産を分ける計算方法のことを「特別受益の持ち戻し」と言います。
以下、分かりやすい具体例を挙げます。
【設例】
本来であれば、4000万円の相続財産を法定相続分にしたがって分割するのであれば、配偶者 2000万円、長男 1000万円、長女 1000万円となります。しかし、長男が特別受益(1000万円)を受けているため、以下の持戻し計算が適用されます。
4000万円+1000万円(特別受益額)=5000万円(みなし相続財産)
配偶者の取得分=5000万円×2分の1
長男の取得分=(5000万円×4分の1)-1000万円
長女の取得分=5000万円×4分の1
【特別受益の持ち戻し後の各相続人の取得分】
配偶者:2500万円
長男:1250万円-1000万円=250万円
長女:1250万円
特別受益は、特別受益者でない相続人が主張するものですが、実際に遺産分割協議や遺産分割調停や審判で主張し、それを立証していくことはなかなか難しいものです。
特別受益を主張するには、単に不公平だからと主張・立証するだけでは不十分で、その利益が「遺産の前渡し」として交付されたものであるということをきちんと主張・立証する必要があります。
上記のとおり、特別受益の対象は、不動産や預貯金など様々で贈与された時期もかなり古いケースが多いです。不動産なら登記などの記録があるので、比較的贈与の事実の証明と評価がしやすいですが、現金や預貯金などの贈与の場合、それを立証する資料が残っていないことも少なくありません。
例えば、数十年前の学費の事業資金を贈与してもらったりした人がいるからと言って、その事実や金額を立証するのは相当困難です。
このような立証が困難な特別受益については、受益を受けた人が認めてくれれば持ち戻し計算ができますが、認めない限り主張は通りません。
このように特別受益の主張をする際には、それを立証できるかという観点から検討する必要があります。あまり細かいことや古い事実を持ち出せば、かえって争いが激しくなって泥沼化してしまうので、無理な主張は控えた方が良いケースもあります。
ご自身のケースで特別受益が認められるのかは、これまでの判例や審判例等と比較検証しながら検討していくのがよろしいかと思いますので、特別受益が問題になっているケースでは、相続問題に詳しい弁護士にご相談することとおすすめします。
(執筆者:弁護士田島直明)
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